政治学(現代政治学) 問題と模範解答
大学編入2021.05.14
はじめに
政治学を学ぶ学生なら、当然押さえておかなければいけない議論です。本問題に出題されている福祉国家論についての勉強にあたっては、下記の書籍を使用することをお勧めします。
また、現代政治学に関する教科書は以下をお勧めします。
問題
エスピン=アンデルセンの理論的枠組みを簡潔に説明し、その長所と短所を論ぜよ。
エスピン=アンデルセンの福祉レジーム論は、福祉国家のシステムを福祉レジームとして捉えた上で、福祉国家形成にかかわる政治的イニシアチブからその制度的相違を説明するものである。この相違を説明するスケールは脱商品化指標と階層化指標に求められる。脱商品化指標とは、疾病や加齢などの理由で労働市場を離脱した人が生活を維持できるか否かの指標であるのに対して、階層化指標とは各人の階層や職種に応じた給付が行われた結果、格差が固定化されているか否かの指標である。異なった政治的イニシアチブが、制度的相違を生み出すのは、そのイニシアチブによって市場、家族、国家のいずれが制度形成の基盤として重視されるかが異なるからである。
自由主義勢力が主導した自由主義レジームは脱商品化において低位、階層化指標にかんしては高位でデュアリズム的傾向があり、市場セクターの役割が大きい。保守主義(キリスト教民主主義)勢力が主導した保守仕儀レジームは脱商品化において中位、階層化にかんしては、職域ごとの社会保険原理が強いために高位でハイラーキー的な傾向を示し、カトリック的な補完性原理とも相俟って、家族の役割を重視する。そして労働運動が主導した社会民主主義レジームは、脱商品化がすすむ一方、階層化は低位で、政府セクターの役割が大きい。
エスピン=アンデルセンの福祉レジーム論の意義は福祉国家発展の単線的なアプローチからの脱却という点に求められる。当時の福祉国家研究において隆盛を極めていたのは福祉国家の発展の背景についてその政治的要因を強調するものであった。この政治的要因論は、労働運動のパワーなどの政治的要因論によって福祉国家の発展水準が大きく異なっていくと主張するものであったが、その内部でもどの要因を強調するかにおいて論争があった。また政治的要因論はある特定の政治的要因を福祉国家の発展を促す変数として想定し、その変数と福祉国家の発展とのリニアな相関を捉えるところに特徴があった。
エスピン=アンデルセンは基本的に政治的要因論の重要性を認めつつも、福祉国家の発展についてのこの単線的なアプローチに異議を唱えた。彼によればこれまでの福祉国家研究は被説明変数としての福祉国家が(その理論的考察を欠く故に)社会保障支出に還元される傾向があり、そもそも福祉国家とは何かという点が看過されてきた。ところが権力構造のあり方の多様性が生み出した福祉国家の制度と発展のパターンの多様性を考えると福祉国家は一つとはいえない。仮に労働運動の勢力を独立変数とするにしても、それがいかなる権力構造によって媒介され、どのような制度に結実するかで異なった福祉国家レジームを生み出すのである。従って問題とされるべきは複数の独立変数と複数の被説明変数との複線的な関係であるのだ。このような複線的な関係に視点を置いたことこそ本書の意義であるといえ、結果、複数の政治的要因の影響力を巡る論争点はかなりの程度整理が進むといえる。
このような意義(長所)が認められる一方で彼の理論的枠組みには問題(短所)もある。そのひとつは福祉(国家)レジーム分析の指標としての脱商品化概念に、ジェンダーバイアスが認められるという点である。つまりエスピン=アンデルセンの提示する脱商品化は既に商品化された男性労働者にとってこそ積極的な意味を持つが、制度的な障壁によって労働市場への進出が阻まれていた女性にとっては、むしろ商品化こそが当面の目標であるといえるのである。このような問題は福祉国家と家族との関係についての視角を含んだ別個の指標の必要性を迫るものであった。
他方で議論の中核とも言うべきレジーム類型そのものにも弱点が見出される。例えばイギリスやオーストラリアのように自由主義勢力の影響が濃厚であるのに所得保障制度や医療制度に関して普遍主義的特質を持った国、オランダのように保守主義のイニシアチブが強くとも社会保障支出が大変大きい国などがあてはまらない。同様に日本のケースにおいても社会保障制度の階層性や家族の役割では保守主義レジームの性格が濃厚であるのに対して、給付の水準や再分配効果などでは自由主義レジームの性格も窺える。
このような事例をエスピン=アンデルセンは境界事例として位置づけたものの、なお日本の事例に関しては彼の福祉国家類型では十全な説明ができないといえる。それは日本型福祉国家が欧米諸国と異なった特徴を有しているためである。日本型福祉国家は①狭義の福祉政策よりも、大企業における家族賃金、公共事業や中小企業・流通業に対する保護・規制など雇用慣行や経済政策によって雇用を維持し、格差の拡大や困窮層の増大を防いできた。また②保守主義モデルや自由主義モデルといっても、日本では、欧米のようにはっきりと自立した保守主義や自由主義の政治勢力を見出すことが難しい。2つの勢力の利害は自由民主党という政党の内部で調整されてきた。その一方で福祉国家形成に関しては政治官僚制のイニシアチブが強力であった。以上の特徴は、3つ勢力ではなく国家官僚制が、経済開発と調和させる観点から福祉国家形成を進めた東アジアの後発福祉国家に共通するものである。エスピン=アンデルセンの議論は、欧米諸国を念頭において作られてものであり、このように発展のスタートラインを異にした福祉国家を説明できないのである。
もっとも、日本の福祉国家は、このような東アジア的な特徴を有する一方で、社会保障支出の規模や政治的民主主義の成熟度においては、欧米の福祉国家郡に近いものといえる。その意味で日本型福祉国家はエスピン=アンデルセのいう「3つの世界」と東アジアモデルの中間に位置しているものといえよう。
終わりに
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